「人的資本経営に取り組みたい。でも、そんな余裕がない」
地方の中堅・中小企業の経営者様から、私どもが最も多くいただくお言葉です。
結論から言えば、中小企業の人的資本経営が進まない最大の原因は、人材面の課題だけでなく、人材に投資するための「お金」と「時間」に余裕がないことにもあります。
研修を組みたくても、その原資がない。育成に時間を割きたくても、経営者も管理職も日々の業務に追われている。この状態でいくら人事施策だけを積み上げても、長続きしません。
そこで当社が実務でもよく使っているのが、
「ビジネスモデル」×「AI」×「人材」
という3つの軸です。本コラムでは、この3軸がなぜ必要なのか、そしてどの順番で手をつけるべきかを解説いたします。
1. 人的資本経営は「人材課題の解決」だけでは完結しない
人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、採用・育成・配置・評価・エンゲージメント強化といった施策を通じて、中長期的な企業価値の向上を目指す経営のあり方です。
言葉だけを見ると、「人材課題を解決すれば良い」と受け取られがちです。しかし、ここには大きな落とし穴があります。
人材への投資は、無償ではできないということです。
- 研修を行うには、研修費用と、社員が現場を離れる時間が必要です
- 評価制度を作り直すには、設計の工数と、運用に耐える管理職の時間が必要です
- 採用力を高めるには、採用広報への投資と、選考・受け入れに割く時間が必要です
つまり人的資本経営とは、「人への投資に回せる原資を、経営としてどう捻出するか」という問題とセットなのです。ここを飛ばして人事施策から入ると、最初の数か月は動いても、繁忙期に入った途端に止まります。
2. 中小企業で人的資本経営が止まる2つのボトルネック
2-1. ボトルネック①「お金」——利益構造に投資余力がない
人材投資の原資は、最終的には利益から生まれます。
薄利多売の受注構造、価格決定権を握れていない下請構造、原価が見えないまま続いている既存事業。こうした状態では、売上が伸びても手元に残らず、人材投資の予算は真っ先に削られます。
実際、教育訓練の実施状況には企業規模による差が表れています。厚生労働省「能力開発基本調査」(令和3年度)によれば、OFF-JT(業務を離れての教育訓練)を実施した事業所の割合は、従業員30〜49人規模で51.0%、1,000人以上規模で87.2%と、大きな開きがあります。
これは「中小企業が人材育成に無関心だから」ではありません。やりたくても原資がないという構造の問題です。
2-2. ボトルネック②「時間」——現場も管理職も手が空いていない
もう一つが時間です。
人的資本経営の実務は、そのほとんどが管理職・幹部層の仕事です。1on1、目標設定、評価面談、育成計画、そして社員との対話。いずれも「本人が現場で手一杯」の状態では、形だけの実施に終わります。
- 見積作成、日報転記、請求処理、シフト調整といった定型業務に管理職が時間を取られている
- 情報が紙とExcelに分散し、集計のたびに人手がかかる
- 属人化により、特定の社員が抜けられない
この状態で「育成に時間を使ってください」とお願いしても、現場からすれば無理な相談です。
3. 当社の結論:ビジネスモデル×AI×人材の3軸
この2つのボトルネックを踏まえると、中小企業の人的資本経営に必要な打ち手は自ずと決まります。
| 軸 | 解決するもの | 主な打ち手 |
|---|---|---|
| ビジネスモデル | お金の余裕 | 収益構造の見直し、高付加価値化、価格戦略、新規事業、販路拡大 |
| AI | 時間の余裕 | 業務プロセスの棚卸、AI・ITツール導入、定型業務の自動化、情報の一元化 |
| 人材 | 生まれた余裕の投資 | 採用力強化、育成の仕組み化、評価・等級制度、エンゲージメント向上、人的資本開示 |
3-1. ビジネスモデル——人に投資できる利益をつくる
まず、稼ぎ方そのものを見直します。
同じ労働時間でより高い付加価値を生む構造に変えることができれば、人材投資の原資が生まれます。取引条件の見直し、粗利率の高い商品・サービスへのシフト、既存顧客からの深耕。派手な新規事業でなくとも、利益構造は動きます。
そして何よりも考えていただきたいのは、「価値を生んでいる業務」と、「価値を生みづらい業務」の見える化です。価値とは「付加価値」のことで、乱暴な言い方をすれば「粗利」です。この粗利を生んでいる業務かどうかを見極め、粗利を生みづらい業務は外部に委託することをおすすめします。
特に外部委託(BPO)しやすい業務は、総務・人事労務・経理と、自社に専門人材がいない場合の採用・広報マーケティングです。
ビジネスモデルの改善は、人材投資の「予算」をつくる仕事だとお考えください。
3-2. AI——人が人に向き合う時間をつくる
次に、業務から時間を取り戻します。
近年、生成AIをはじめとするツールの進化により、中小企業でも現実的なコストで自動化・省力化が可能になりました。書類作成、議事録、問い合わせ対応、データ集計といった領域は、着手すれば比較的短期間で成果が見えます。
ここで重要なのは、空いた時間を「別の作業」で埋めないことです。捻出した時間を育成・対話・改善に再配分して初めて、AI/IT投資が人的資本経営につながります。
ちなみに、社内にAI人材がいると省力化・自動化は一気に進みます。最近はAI人材の育成に活用できる助成金もありますので、うまく活用して投資額を抑えると良いでしょう(当社でもAI人材の育成研修を承っています)。
AI活用は、人材投資の「時間」をつくる仕事です。
3-3. 人材——生まれた余裕を、確実に投資へ回す
ここでようやく、採用・育成・定着・評価といった人事施策が本来の力を発揮します。
原資と時間が確保された状態で行う人材施策は、継続します。継続するからこそ、社員のスキルとエンゲージメントが積み上がり、それが生産性として返ってくる。この循環が回り始めた状態を、当社は人的資本経営と呼んでいます。
人的資本経営を進めるには、お金と時間の余裕も大事ですが、人材戦略に沿った採用・育成・定着の取り組みを見える化することも大事です。
4. どの軸から着手すべきか——3つの判断軸
3軸すべてを同時に動かす必要はありません。自社の状態に応じて、着手順を変えます。
- 利益は出ているが、現場に時間がない → AI/ITから。短期で効果が出やすく、成功体験も得やすい領域です
- 忙しいのに利益が残らない → ビジネスモデルから。ここを放置したまま人材投資を増やすと、資金繰りを圧迫します
- 利益も時間もあるが、人が採れない・育たない・辞める → 人材から。この状態であれば、人事施策が最も早く効きます
多くの地方中小企業様は、1または2に該当します。つまり「人の課題」として相談に来られる案件の多くは、実は経営構造の課題なのです。
5. 採用市場では、すでに差がつき始めている
人的資本経営は大企業を中心に取り組みが進み、中堅・中小企業では遅れているのが実情です。そしてこの差は、採用市場で最も早く表面化します。
求職者は、企業の情報開示・育成体制・働き方を比較して応募先を選びます。人への投資の姿勢を言語化し、発信できている企業とそうでない企業とでは、応募数そのものが変わります。「募集を出しても応募が来ない」という現象の背景には、待遇以前の情報格差があります。
着手が遅れるほど、採用という入口で不利になる。これが、私どもが今、地方中小企業様に人的資本経営をお勧めする最大の理由です。
ちなみに、採用市場で最も苦戦しているのは地場の中堅企業です。株式会社リクルートが実施した「企業人事が感じる人手不足実態調査2025」(https://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000001486/)によると、従業員数100名以上400名未満の企業では「人手不足を感じる」と答えた割合が86.0%にも達し、人手不足が顕著であることがデータかも見て取れます。
だからこそ、今すぐ人的資本経営に取り組む必要があります。取り組みが遅れれば、その分だけ採用・育成・定着で不利になります。不利になるということは、自社に優秀な人材が来なくなるだけでなく、自社の優秀な人材が他社に移ってしまうリスクも大きくなります。
私たちは、そのような地方の中堅・中小企業の皆さまに向け、人的資本経営のご支援を行っています。最初はどんなご相談でも構いません。「組織がなんとなく後ろ向き」「人の育て方がバラバラ」「仕組み化がうまくいかない」など、個別課題レベルの相談も大丈夫です。ヒアリングを通じて、何が本質的な要因か、そしてどのように進めれば最も効果が高まるかも含め、多面的なアドバイスをさせていただきます。
6. よくあるご質問
Q. 従業員20名程度の会社でも人的資本経営はできますか?
A. できます。むしろ小規模であるほど、経営者の意思決定が現場に届くまでが速く、施策の効果が見えやすいという利点があります。当社自身も役員・スタッフ合わせて10名強の組織であり、自ら実験台となって各種の取り組みを実践しています。
Q. 開示義務のない非上場企業でも取り組む意味はありますか?
A. あります。開示は目的ではなく手段です。自社の人材の強みと課題を整理する過程そのものが経営の打ち手になり、採用広報・金融機関との対話・事業承継の場面で効いてきます。
Q. 何から始めればよいか分かりません
A. まずは現状の「お金」と「時間」の余力を把握することをお勧めします。ここを見える化するために、当社では無料のご相談も承っております。
7. まとめ
- 人的資本経営は、人材課題の解決だけでは完結しないことが非常に多いです
- 中小企業で取り組みが止まる原因は、投資の原資となる「お金」と「時間」の不足にあります
- だからこそ、ビジネスモデル(お金)× AI(時間)× 人材(投資) の3軸で進める必要があります
- 着手順は自社の状態で決まります。多くの場合、入口はAI/ITかビジネスモデルですが、人材も並行して取り組む必要があります
当社は「経営のワンストップコンシェルジュ」として、人材課題の解決だけでなく、ビジネスモデルの改善やAI/IT導入まで一体でご支援しております。人的資本経営をテーマとした書籍『地方中小企業のための人的資本経営の教科書』の知見と、自社での実践をもとに、地方中小企業の人的資本経営を強力に推進いたします。
「何から手をつければよいか分からない」という段階で構いません。まずはお気軽にご相談ください。