2022年ごろから人的資本経営という言葉がにわかに注目を集め、大企業から中堅・中小企業にもその波が押し寄せています。そのような中、感度の高い経営者の方や、自社で人材を核とした経営に取り組みたい経営者の方は、すでに人的資本経営に取り組み始めています。
しかし、人的資本経営に取り組んでも中々うまくいかないことが多いです。取り組む前は知識・認識・リソースなどのギャップに原因があることが多いですが、取り組み始めてからは別の部分に原因があることが多いです。
では、人的資本経営に取り組み始めたものの、中々うまく行かない原因とは何でしょうか?
本コラムでは、その点について詳しく解説します。
経営者が気づかない、人的資本経営の取り組みにおける大きな落とし穴
人的資本経営とは、「人材をコストと捉えず、資本と捉えることで、自社の生産性や持続可能性を高める経営の取り組み」であります。この言葉だけ見ると、非常に素晴らしい取り組みであります。ぜひうちの会社でもすぐに取り組みたい、という経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし一方で、人的資本経営の取り組みは非常に高度であり、実現には大きなハードルが待ち構えています。例えば拙著「地方中小企業のための人的資本経営の教科書」にも記載がありますが、知識・認識・リソースのギャップは人的資本経営推進の大きな壁となって立ち塞がります。つまり、人的資本経営に取り組むための知識が十分でない。人的資本経営をいますぐ取り組まなければいけないという認識が十分でない。取り組もうと思っても人材やお金の余裕が十分でない。こんな壁がいたるところに存在します。
このように、知識・認識・リソースは大きな壁となりますが、これ以外にも落とし穴があります。それは「経営者の現状認識」です。
例えば、当社(戦略デザインラボ)では、クライアント企業のエンゲージメントサーベイ(≒匿名の従業員満足度調査)を代わりに行うことがあります。そうすると、経営者の方が普段認識している「自社」や「経営陣」への満足度とは異なり、目を覆いたくなるような結果となることが珍しくありません。
これには大きな原因があります。具体的には次のとおりです。
- 経営者の視点が主観的であり、客観的に物事を把握できていない
- 経営者に指摘する人がおらず、問題点や課題を見過ごしている
- 経営者の頭の中にある自社の将来像が共有できていない
特に「経営者に指摘する人がいない」という点は、多くの企業で共通しています。経営者は会社のトップであり、意識せずとも社内ではヒエラルキーが存在するため、わざわざリスクを冒してまで経営者に指摘する従業員や役員は少ない、ということです。
人的資本経営の取り組みで最も必要なもの
ではどのようにすれば良いか。それは「経営者の意識変革」です。
具体的には、経営者という特権階級であることを一切廃し、社内外の意見に対し耳を傾けることです。中には辛辣な意見も少なくありません。例えば匿名アンケート調査などでは、「うちの会社には何も期待できない」といったような言葉も出てきます。このような意見に対し、目を背けずにしっかりと向き合う必要があります。
そのためには、今までの「コンフォートゾーン(安全地帯)」から、「フィアゾーン(危険地帯)」へと進むことが大事です。つまり、自社の安全圏に留まっていないで、積極的に社員との面談を行って本音を聞き出す、社外の勉強会などで他社事例を学ぶ、などです。
このように、人的資本経営に取り組むためには経営者の意識変革が非常に重要な要素を占めます。なぜなら、経営者が変わらずして従業員が変わるわけがないからです。
実際に私どものご支援でも、1on1面談で経営者への不満が出てくることが非常に多いです。その時の経営者の方の反応としては「そんな不満を吐き出すぐらいならちゃんと仕事しろ」といった感じで、真面目に聞こうとしない方も多いです。
そのような場合、たまに私から「あなたが真摯に意見を聞かないのであれば、社内の皆さんも聞くわけがないですよ」と強い言葉で意見することもあります。経営者の意識変革は、人的資本経営に取ってそれほど大事な要素なのです。
まずは自己を変革するために
自己変革のためには、先ほどの「フィアゾーンへ進む」こともおすすめですが、他にも様々な方法があります。その中で私がお勧めしているのは「コーチングやカウンセリングの技術を学ぶ」です。
特に心理学などはこれからの経営にとって大事な学びの要素です。心理学を学んでおくと、「質問・傾聴」が自然とできるようになります。経営者の方は自身の想いが強いため、どうしても相手の話を聞かず自分の話を優先する方が多いです。それでは相手も「この人は話を聞いてくれず、一方的に自分のことを話すだけ」と捉えてしまいます。
人的資本経営では、人を資本とみなすことがポイントです。であれば、何が課題でどのように成長していけば良いのか、その人の話をじっくりと聴き、質問を繰り返し、最善のロードマップを描いてあげることが大事です。
私も昔は人の話を聴きませんでしたが、今はじっくりと聴き、相手にとってどのような質問を投げかければ成長するかを常に考えています。
人が集まり、育ち、根付く会社への第一歩
人的資本経営を進めるために、まずは経営者の意識変革がとても重要だというお話をさせていただきました。その第一歩として、「社内で従業員に声をかける機会を増やしてみる」ことを実施してみてください。思わぬ声を拾うことも多いはずです。
そして、自社の課題が「経営者にある」場合は、いつでも私たちにご相談ください。人的資本経営の取り組みを内部だけで進めようとすると、かなりの確率で失敗します。なぜなら、社内からは変革につながる意見や取り組みがほとんど出てこないからです。
私どもの会社も、常にインターンシップの学生や外部専門家が参画しており、非常に多様性のある会社になっています。この多様性が意識変革にとて非常に大事な要素となりますので、自社だけで問題を解決しようとせず私どものような外部の知見もぜひご活用ください。